89歳の歯科医師界のレジェンドに聞く 「ブレインパフォーマンス向上の秘訣は“噛む”ことにあり」~加藤元彦さん~

御年89歳の元歯科医、加藤元彦さん。背筋がピンと伸びた姿勢はすこぶるよく、元気はつらつ。お話をすれば言葉に詰まることもなく、「あれ、それ」など指示語でごまかすこともありません。脳の老化とは無縁ともいえる加藤さんにその秘訣をうかがうと、「しっかり噛むから」とのお答え。「体をよくする歯科医療をしたい」という熱い思いから、独自の診療システムを確立して30歳で開業。その道を歩み続け、「健康オタク」として知られる生島ヒロシさんに「歯科医師会のレジェンド」と言わしめたほどに。80歳で閉院、臨床を引退した89歳の今もなお、「噛み合わせを正し、食べものをしっかり噛むことの大切さ」を発信し続けています。「歯丈夫・胃丈夫・大丈夫」をキャッチフレーズに掲げる加藤さんに、ブレインパフォーマスを維持向上するために欠かせない「噛むこと」についてたっぷりお聞きました。

加藤元彦さんプロフィール

  • 加藤元彦さん
    かとう・もとひこ
    1931年生まれの89歳。日本橋生まれの江戸っ子。顎関節と歯科が専門で、日本歯科医学教育学会名誉会員、日本歯科医療管理学会名誉会員、日本歯科東洋医学会評議員。歯学博士であり整体師という異例の肩書を持つ。噛み合わせを整えることで、全身の健康へ導かせる独自の治療方針で開業。整体矯正臨床医として活躍し、『歯とアゴの話~顎歴社会のパスポート』『その歯とアゴでは体をダメにする』『歯が丈夫なら大丈夫~自分の歯で生涯楽しむ大作戦』などの著書を持つ。「貯金より貯筋を」をモットーに筋トレも欠かさず、趣味のサイクリングは歴43年になる。

しっかり噛むと頭の血のめぐりがよくなり脳が活性化する

しっかり噛むと頭の血のめぐりがよくなり脳が活性化する

―先生はもうすぐ90歳というのに、背筋もシャキッと伸びていて姿勢もよく、頭も冴えていらっしゃいます。日々よく噛んでいることが、ブレインパフォーマンスの維持向上につながっているのでしょうか?

そうですよ。噛めなくなったら動物として終わりです! これ、いつも言っています(笑)。

下アゴを使ってしっかりよく噛むと、頭の血のめぐりがよくなり、脳も活性化します。

たとえば、こんな実験があります。同じ両親から生まれた子ネズミを10匹ずつ2つのグループに分け、一方の子ネズミには硬い固形の餌を与え、他方の子ネズミには同じ成分の粉末の餌を与えて5週間飼育しました。そして10時間断食させた後に、ゴールに餌を置いた迷路にネズミを放ちました。すると、粉末の餌であまり噛まなかった子ネズミに比べ、硬い餌を与えた子ネズミ、つまりよく噛んだ子ネズミは袋小路に入ることがはるかに少なかったんです。また、生後2週目のネズミの片側の歯が生えないようにして、離乳後に固形飼料で飼育して、生後4週目に脳細胞の検査をしたところ、歯のない反対側の脳の発育が明らかに遅れていたこともわかりました。さらに、柔らかいものより硬いものを噛む方が脳温度の上昇がみられるという実験結果もあります。 こうしたことから、噛むことが脳に対して良い影響を与えることがわかります。人間にも同様の効果があると思いますので、しっかり噛むことによってブレインパフォーマンスが上がると考えられます。

―噛むことの大切さがわかります。先生はどのぐらい噛んでいますか?

食べものを口に運んだらいったん箸を置いて、1口30回噛みます。自然の恵みに感謝して食べ物を味わい、楽しみながらいただく。20分も経てば噛むことによる刺激が脳に届いて満腹中枢などを刺激しますから、満腹感も得られて食べすぎも防げます。インドの言葉で「腹八分目で医者要らず、腹十二分目で医者足らず」というのがあります。飽食の時代、食習慣を乱し、自分で自分の体を壊している人が多い今、まずは「噛むことを習慣化」して健康を取り戻してほしいです。

実は、歯よりも歯茎のほうがもっと大切

―噛むというと、どうしても「歯」を意識しがちですが、先生は多くの書物で「歯よりも歯茎を大切に」とおっしゃっています。これはいったいどういうことでしょうか。

歯茎とは、歯とアゴのつなぎ目の組織のことです。そこには歯肉やアゴの骨などもありますが、鍵となるのが「歯根膜(しこんまく)」というものです。歯根膜には神経があります。通常私たちが食べ物を噛むと、この歯根膜を通って神経が小脳へ届きます。小脳は細かい運動調整や体の姿勢を維持する働きのある器官。姿勢を維持したり、筋肉の緊張や弛緩をコントロールしたりしているのです。上下の歯の噛み合わせが小脳へ刺激を与える、というのが大切なことというのがおわかりでしょうか。

―鍵は噛むことで刺激を受ける「小脳」だったのですね。

はい。だから、歯ごたえ(噛みごたえ)のある自然の食べ物を噛むことです。ごぼうでも大根でも人参でも、しっかり噛んでアゴを鍛えれば、それが全身の健康に繋がるのです。でも、ただ噛めばいいというのでもないんです。片側だけで噛んだり(偏側咀嚼)、噛み合わせ異常(咬合異常)だったりすると、その異常さが情報となって小脳や頸部を中継し、全身性(自律神経系、内分泌系、免疫系の働き)の異常を引き起こしかねないんです。

―もう少し具体的に教えてください。

脳へ入る神経が「ばらつく」と言ったらわかりやすいでしょうか。左右で不均一な噛み方をしてその刺激が小脳に入ると、脳がそういった不均一な働き方を記憶して、体の半分は緊張するけれど半分はしない、などと覚えてしまうんです。日々の生活のストレスから夜でも歯ぎしりとか食いしばりをする人、きっといますよね。そんな人の多くが、朝起きた時に肩こりを感じるはず。これも小脳の仕業です。自律神経のバランスが崩れて睡眠中に無意識のうちに歯ぎしりや食いしばりをやってしまう。日頃から左右均一等の噛み合わせで咀嚼すれば、そういうことも少なくなりますし、睡眠の質も上がるでしょう。

咀嚼器官の情報は、頭蓋(約5キログラム)と頸椎と周辺筋肉の働きに影響する。
咀嚼器官の情報は、頭蓋(約5キログラム)と頸椎と周辺筋肉の働きに影響する。

噛み合わせの悪さは顔に現れる

噛み合わせの悪さは顔に現れる

―噛み合わせをよくすると、姿勢も良くなると聞きました。

そうです。首の筋肉の凝りもなくなり、頸椎の真上に頭が乗ります。逆にいえば、噛み合わせがずれていると頭が前傾した姿勢になり、頸椎にも異常が現れ頭痛を引き起こすこともあります。仕事のパフォーマンスにも影響があると思いますよ。

―噛み合わせが悪い人は、すぐにわかるそうですね。

唇が曲がり、頬骨が出て、片方の目が細い(噛み癖がある方が細い)顔が多いですね。一目でわかります。

―正しく噛むために、ずぼらな私でも今すぐにできることを教えてください。

私が考案したアゴの体操をお教えしましょう! やり方は簡単。まず口をリラックスさせて(指一本入るぐらい)開けた状態でスタート。そこから口をいっぱい開いて5つ数えたら、アゴの筋肉から力を抜く。次に下アゴを右に動かして5つ数えたら力を抜く。同じことを左側でも。次は下アゴを前に突き出し5つ数えて力を抜く。そして後方に引いて5つ数えて力を抜く。これを1セット。2回繰り返すだけでOK。

噛めば仕事のパフォーマンスもUP

―多忙なビジネスマンの多くが仕事の合間に、市販のサンドイッチやおにぎりでサクッとランチを済ませてしまいます。

できるだけ「歯ごたえのあるもの」をひとつ加えてほしいところです。たとえば、おにぎりと一緒にぬか漬けのおしんこを。しゃくっと噛む音を楽しみながら、よく噛んでいただくといいですね。「噛めば唾液の泉湧く―」とでも言いましょうか、噛むことによって唾液の消化酵素が多く分泌されると、砕かれた食べ物とよく混ざり合い、味わいや歯ざわりが変化します。しっかりと噛んで自分の唾液で、自分の味を作っていきましょう。これを「口中調味」といいます。

おにぎりとたくあん

―確かに、噛むとおいしさも倍増すると聞きます。

スープとか牛乳も、噛んでから飲むといいですね。また、おやつを食べたくなったら、くるみやナッツにアーモンド、甘味が欲しい時は干しブドウが良いでしょう。噛むことで脳の刺激を上げれば、感性も研ぎ澄まされて、仕事のパフォーマンスも上がります。

歯丈夫 胃丈夫 大丈夫

そして、お休みの日には、指先を使って料理をし、出来上がった食事をしっかり噛んで楽しむ。これは、口から始まる脳活です。 歯が丈夫でしっかり噛めれば、消化しやすくなって胃への過度な負担がかからず胃も丈夫、しっかり消化して栄養が十分に摂れれば健康も大丈夫。「歯丈夫・胃丈夫・大丈夫」をキャッチフレーズに、ぜひ皆さんも、噛んで、噛んで、しっかり噛んで、私のようなゴールデン90歳を目指してください。

健康かむ噛むの楽しみ
「噛む子強い子丈夫な子」という持論の加藤さん。子どもたちがしっかり噛むことを習慣化できるよう、噛むことをテーマにしたイラストカレンダーを毎年、制作している。

企画・ディレクション:株式会社エアリーライム  編集・ライティング:大崎百紀(マルコカンパニー)

歩数管理して、運動習慣を身につけよう!

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