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「続ける理由」を作って認知症リスクを回避? ブレインパフォーマンスに特化したアプリ「Easiit」ができるまで──エーザイ久下正史×DeNA今吉友大

エーザイ株式会社と株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)の子会社であるDeSCヘルスケア株式会社は、認知症に備えるブレインパフォーマンスアプリ「Easiit」を7月28日にリリースしました。
「Easiit」は、ブレインパフォーマンスの維持・向上のためのルーティン化をサポートするアプリ。ユーザーの歩数・睡眠時間・体重・食事の記録を一括管理し、生活習慣の見直しや改善に役立てることができます。アプリはどのような経緯で生まれたのでしょうか。開発担当者である、エーザイの久下正史氏(以下、久下)とDeNAの今吉友大氏(以下、今吉)が開発当時を振り返ります。
- 各プロフィールは取材当時のもの
「製薬会社が作ったら、こうなるよね」を脱したかった

久下:まずは「ブレインパフォーマンス」という言葉について説明が必要ですよね。これはエーザイが提唱している言葉で、文字通り、脳の健康や活動の度合いを指します。
たとえば、我々のように40〜50代になると、だんだんと物忘れが増えます。年齢的には管理職に就いて判断を迫られることが多いのだけど、うまく判断ができないと感じたり、冴えていない感じがしたりする。
脳のパフォーマンスを適度に維持できれば、仕事の成果にもつながりますし、健康にもいい効果を与えるはず。だから、脳の健康を意識しながら生活をしていくことは大切だよね、というスタンスで「ブレインパフォーマンス」という言葉を使っています。
――ブレインパフォーマンスを維持・向上するアプリ「Easiit」を開発するにあたって、エーザイとDeNAの2社が手を組んだ経緯について伺えますか?
久下:もともとは、我々エーザイ側で認知症エコシステムというものを構築しようという目的があって、このエコシステムを支えるデジタルプラットフォームを作ろうとしたのがきっかけでした。昨今、認知症予防のためには、運動、食事、睡眠などに気をつけるコトが大事であるというレポートがWHOなどからも出ていて、日々の健康情報を管理する事が大事であると考えていました。皆さんが普段から使っているスマートフォンで、毎日の健康状態のログを残すような形で実現できないか、という話がスタートでした。
DeNAさんと組もうとしたのは、ヘルスケアのアプリをすでに開発していて、成功例もあれば失敗経験ももっていたから。ただ一方的に受託会社にオーダーして作るのではなく、知見をもった企業とともに同じゴールをめざし、協力し合って良いものを作りたかったんです。
今吉:久下さんからお話を聞いて、まずその志に共感したんですよね。というのも、僕たちは健康増進をサポートするアプリである「kencom(ケンコム)」を開発していて、高齢化社会の現代において、生活習慣病の次の課題として認知症は無視できないと思っていました。
ただ、認知症のみに焦点を当てたアプリを作るのは、自社の知見だけでは難しい。そう考えていたときに、ちょうどお話をいただいたんです。

久下:お互いのニーズがマッチしましたね。ただ、僕ら二人の合意はスムーズでしたが、製薬会社とIT企業の協業という意味では、大変な部分もありました。
今吉:そうですね。チーム単位では、志や価値観を話し合いながらスムーズに進めました。しかし、企業同士となると、医薬品の研究開発を生業としたエーザイさんとITサービスでグロースさせてきたDeNAでは、それぞれの培ってきた文化が違う。
エーザイさんの積み上げていくような事業構造に対して、僕たちは何回も打席に立ってユーザーに問いかけながらトライ&エラーを繰り返していく、というアプローチをとってきた。だから、お互いに使う言語が違うし、そのすり合わせに時間がかかった印象です。
久下:そもそも今回のアプリを作る上でのコンセプトは「製薬会社らしくないものを作る」こととしました。製薬会社なら「この栄養ドリンクにはこれが何mg入っている」とか、自動車メーカーであれば「こんなに燃費がいい」とか、電機メーカーであれば「こんなにバッテリーの持ちがいい」とかで勝負をしてしまう。製薬会社に限らず、日本の製造業界は常にスペック競争に走ってしまうように思います。
そういう文化をもった企業がアプリを作ると、とにかくたくさんの機能を入れようとしてしまう。でも、そこには全くユーザーの目線がなく、ユーザーのニーズを満たせない。なので、今回はユーザーの立場に立って「製薬会社らしくないアプリ」をDeNAさんと共に作りたいと思いました。
健康管理を習慣づけるには「続ける理由」が必要

久下:「製薬会社っぽさ」から脱することは、お互いに話し合ったり工夫したり試行錯誤していく中で、きちんと到達できた部分です。
今吉:そうですね。まず一番意識したのは、「使い続けてもらう」こと。認知症って60代から1〜2%の方々がなり、70歳くらいから本格化する病気です。予防として考えると、もっと手前の40代くらいから、10年も20年でも使い続けられるようなアプリにしないといけない。そのコアなコンセプトを実現するためにも、必要な要素だけに絞り込んでいきました。
久下:社内でも「こういう機能があったほうがいいのではないか」などの声があがって、せめぎ合いになりましたね。ただ、今まで失敗してきた経験から、DeNAには「こういうものはユーザーが求めていない」というノウハウがある。そこは今吉さんからいろいろとご提案いただきましたね。
今吉:自分たちが作りたいものを作ったとしても、その価値がユーザーに届いていなかったり、そもそもユーザーが価値だと思っていなかったり……。今までの経験から、事業者の「こうしたい」よりも、ユーザー側の「こうなりたい」に応えていくほうが大事だと学ぶことができました。
久下:その視点は、僕たちにとっても新鮮でしたね。
今吉:ユーザーの視点に立ちながら、我々が掲げる「継続して使ってもらう」という最初のコンセプトを、アプリにどう落とし込んでいくかがポイントでした。一番注目してほしいのは、メニューとマイルです。
たとえばメニューでは、1日の歩数目標を提示します。厚労省が推奨しているのは1日8000〜1万歩。ただ、普段は3000歩しか歩いていない人に、いきなり8000歩の目標を提示してもハードルが高すぎて続かない。なので、その人の日常のレベルに合わせて、3000歩や4000歩などからスタートできるようにしています。
また、マイルはポイントプログラムのことです。日々のログインやメニューを完了するとマイルが貯まり、ギフト券や電子マネーに交換することができます。みんな健康を大切だと思っているけれど、それを維持するための行動はなかなか続きません。「健康は大切」という意識以上の欲求があるからです。「ラーメンが食べたい」とか「いつもより歩くのは面倒」とか。アプリ上で、ご褒美の形でマイルがもらえることで、初期の習慣づけにいい効果が生まれると思い実装しました。
久下:マイルの機能は、社内で賛否両論を生みましたね。やっぱり「製薬会社がポイントプログラムに手を出すのはどうか」という声はありました。でも、たとえばマイルがあることで「今日はちょっと疲れているけど、マイルを貯めるために少し歩くか」みたいな動機が生まれるようになる。健康のためではなくマイルのため、と目的がすり替わるんですよね。
今吉:健康になるための動機付けは大事ですね。あとは操作面も、とにかくシンプルであることにこだわりました。そもそもシンプルってなんぞや、という話でもあるのですが、端的に言えば、その画面で何をすればいいかが明確であること。
たとえば、Googleを見ればわかります。画面に検索窓がひとつだけ。あれがシンプルの究極の形ではないでしょうか。だから「Easiit」も、食事や睡眠、体重の管理など、初見で何をすればいいのかすぐに分かることを意識しました。そこにこだわった結果、いろんな機能が削ぎ落とされていったんです。
いずれ家族で使ってもらえるようなアプリへ

久下:「Easiit」を開発する上で、さまざまな人にヒアリングやアンケート、取材などを行いました。印象的だったのは、家族間の仲が良くて距離が近い方々ほど、認知症への向き合い方がうまくいっているように見えること。日替わりで家族が役割分担をしながら介護をしたり、相談して今後の方向性を決めたりしている。
逆にうまくいっていないケースは、介護する側の方が遠くに住んでいたり仕事が忙しかったり、仲が悪かったりして、誰かひとりに押し付けてしまっていることが多い。
やはり認知症は一人ではなく、何人かのチームの形で助け合って向き合っていくことが必要な病気なんだと改めて感じました。だからこそ、このアプリは今後、一人ではなく家族全員で使ってスコアを競い合ったり、医師に健康状態を共有できたりするようなアプリになってほしいです。
今吉:僕もまさに同じイメージですね。ただ、実際に使ってほしい60〜70代のユーザー層の方が自分一人でこのアプリに到達することは難しいと思うので、できれば40〜50代のお子さんが「お父さんお母さん、こんなアプリがあるよ」と教えてくれたらうれしいですね。
まだリリースして2週間(取材当時)ですが、すでに一定数の方が継続的に利用しています。いろいろなサービスをリリースしていると、初速で「あ、これダメだな」と感じることがありますが、今回は手応えを感じています。
今後も順次新しい機能を実装しますが、ユーザーが使いやすくなるように充実させていき、将来的には僕たちが思い描いている「家族やかかりつけの医師と提携できるようなアプリ」までもっていきたいですね。
アプリはこちらからダウンロードいただけます。
文:園田もなか 編集:水上歩美(ノオト) 撮影:栃久保誠
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