
40歳で世界最高峰のトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」で3位入賞という日本人初の快挙を成し遂げた鏑木毅さん。43歳の時にUTMBにひと区切りつけますが、2019年、50歳で再挑戦し、完走を果たしました。年齢を考えれば無謀とも思える超人レースに鏑木さんが再び挑むことができた背景には、幾多の葛藤の末に身につけた思考のコントロール法があります。最終回は、勝負をする際にどう自分自身との向き合うかについてお聞きしました。
笑って、めちゃくちゃ苦しいことをやろう!

――もう少し『チーム100マイル』のことを聞かせてください。前回は「していい無理」と「してはダメな無理」があると言っていましたが、この人にはもっと無理をさせてもいいなと思ったときには、どのように声をかけるのですか?
私がテーマに掲げているのは、「笑って、めちゃくちゃ苦しいことをやろう」です。『チーム100マイル』のトレーニング内容は、朝から晩まで山の中を走り続けたり、午前中は1000mを12本走り、午後は坂と階段を2時間ひたすら上り下りするみたいに、かなりきついんです。黙っていれば、みんなしかめ面になって、だんだんネガティブな気持ちになっていきます。
そんな中でも、まだがんばれそうなのにその手前で諦めてしまうタイプの人には、個々にさりげなくアドバイスもしますが、私の一番の役割は「楽しんでいこう!」「トレイルランニング最高!」など、テンションを上げる言葉をかけることです。端からみると怪しい集団と思われそうなくらい、大げさに楽しんでいます(笑)。チームの中にもリーダー的な性格の人やムードメーカータイプの人がいますしね。
最初は自信のない様子を見せていた人が、そうやって仲間たちに触発され、厳しいトレーニングを重ねていくうちに、どんどん自信に満ちた顔つきになっていくのを見るのは楽しいですよ。
――『チーム100マイル』に期待することは?
せっかく志を持って『チーム100マイル』のメンバーになってくれたのだから、自分が満足できるところまで到達できたと思える時間にしてほしいですね。スポーツはやればやるほど成果は出る。そこに仕事とは違った面白さがあります。やり切ったという経験は、トレイルランニングだけでなく、その後の人生にも活きてくると思います。
3日前からレースのことは考えず、脳を休ませる

――チームでは仲間に刺激をもらえても、レースの時には孤独な闘いですよね。いくつもの過酷なレースを戦い抜いてきた鏑木さんですが、レースに向かうためのマインドセットはどのようにしているのでしょうか。
大きなレースだと3、4日前に現地に入ります。それからレースの30分前までは、極力レースのことは考えません。道具のチェックなどの準備はしますが、戦略は考えず脳を休めます。「このレースは自分にとって大きなレースだから頑張らないと」とか「みんなが注目しているから結果を出さなきゃ」など、プレッシャーになるようなことも考えません。大好きな歴史小説を読んだりしてリラックスするようにしています。
今、がんばるのは誰のため?
――試合直前までイメージトレーニングに専念する選手も多いようですが、鏑木さんは違うんですね。
イメージトレーニングは、練習の過程でモチベーションが低下した時などに行うことが多いですね。
レース前の数日間は、しっかりと脳を休める。そうするとスイッチをオンにした時にとてつもないエネルギーが湧き上がってきます。そして、スタート直前には、「自分のために頑張るんだ」と強く思うようにしています。スタート前に「誰かのため」と思ってしまうと、それがプレッシャーになって力を発揮できなくなってしまうからです。
逆にレース中の疲れがピークに達する局面では、「誰かのため」という思いがポジティブ思考と活力を与えてくれます。特に夜中、真っ暗な闇の中を走り続けている時には、「応援してくれている人たちのために頑張ろう」と思うことで、走る意欲が湧いてきます。夜中の山道ですから、沿道にお客さんがいるわけではありませんが、みんなが日本で応援してくれていると思うだけで頑張れるんです。

――いざという時には、応援が力に変わるのですね。
応援してくれている人たちへの「感謝の気持ち」は、私にとってマインドセットのとても重要な要素です。応援してくれる方々への感謝はもちろんですが、毎日走れて好きなことができることにも感謝しているし、毎日食事ができることにも感謝、究極的には生きているだけでありがたい。その気持ちがあれば、大抵の場面で心穏やかでいられるのだと思います。
50歳でのUTMB再挑戦後、鏑木さんはこれまで以上にトレイルランニングの普及や後進の育成に力を注いでいます。そして鏑木さん自身、次の挑戦に向けて着々と準備を進めているそうです。自分が生きやすいようにメンタルを調整する――そんなマインドセットを手に入れた鏑木さん。次は私たちにどのような姿を見せてくれるのでしょうか。
編集:株式会社エアリーライム ライター:塚本佳子 カメラ:岡本裕介(インタビュー)
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