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【連載】プロ・トレイルランナー鏑木毅さんvol.2「脳をだますことから始めるマインドセット」

40歳の時、世界最高峰のトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」で3位入賞という日本人初の快挙を成し遂げた鏑木毅さん。43歳でUTMB にひと区切りつけた後、50歳で再び挑戦を決意します。年齢を考えれば無謀とも思える超人レースに鏑木さんが再び挑むことができた背景には、幾多の葛藤の末に身につけた思考のコントロール法「マインドセット」がありました。第2回では、その具体的な実践方法を伺います。
──前回、マインドセットとは「心の置き場所を意識的に変えること」で、そのためには「ネガティブな思考を否定する習慣」をつけることが大切とおっしゃっていました。(連載vol.1)その方法を具体的に教えていただけますか。
マインドセットとは、言い換えると「自分が生きやすいようにメンタルを調整する行為」だと思うんです。「自分が生きやすい」というのがポイントです。
自分が一番いい状態でいられる場所を探して、常に心の重心を移動させるというのでしょうか。時には悪い方向に振られることもあるけれど、そんな時こそ振り子のように揺れながら、なるべく揺れが少ない場所を探していくような感覚です。動揺がひどい時は、特にマインドセットを心掛けます。
──人間誰でも、動揺する時ってありますよね。心臓がバクバクするみたいな……
私の場合、脳が熱くなる感覚が「揺れがひどい=思考を変えなきゃ」と感じるサインなんです。人間、怒りや憎しみを覚えると、カッとなりますよね。あれに近い感覚です。
別に怒っている時ばかりではありません。例えば、40代中盤の頃、世間が私に対して抱いているイメージに強い違和感を覚えていた時も、そんな感覚に陥りました。
40歳で世界3位になったあとの私は、大きな故障に苦しみました。それに、アスリートとしても明らかに下り坂でした。それなのに「どんな状況でも結果を出す人」「苦しくても折れない精神力の持ち主」というイメージが一人歩きしていることが、大きなストレスになっていました。そのプレッシャーに押し潰される前に、自分からイメージを崩したほうがいいと思ったのです。それで、人前でも弱い部分をさらけ出し、辛ければ辛いと言う、とマインドセットしたのです。とても生きやすくなりました。
生きやすさというのはその時々の状況や、年齢などに応じて変わってくるものなので、その都度マインドセットを心掛けています。
辛い時こそ、笑顔をつくる
──どうやってマインドセットを変えるのですか?
おすすめの方法があります。私が苦しい局面で何度も助けられたのが「笑う」こと。レース中はもちろん、トレーニング中も苦しい局面はたくさんありますが、無理やり笑っています。楽しいかどうかはさておき、とにかく笑う。そうすることで思考のスイッチを変えることができ、本当に楽しくなってくるから不思議です。まずは笑って前向きな気持ちを引き出す。誰にでもすぐに実践できます。
──口角を上げると副交感神経が優位になり、リラックスできるといいますね。実際、行動によって思考を変えていく効果を実感しているのですね。
そうですね、苦しくても笑うことで、脳は「楽しい」と錯覚するのかもしれません。実際、眉間にシワを寄せて走っていると、「なんで、わざわざ地の果てまで来て、死に直面する危ないことをしているのだろう」と、どんどんネガティブになっていくんです。ところが、満面の笑顔で走っていれば、「こんな経験は人生の中でそうそうできることではない。こんな素晴らしい景色を見ることができて幸せだ」と思えてくるんですよ。思考と体はつながっているんですね。
ネガティブになれば体も動かなくなるし、怪我をしていない部位さえ痛みを感じ始める。笑顔をつくることで思考のスイッチを変えることができれば、痛かった部分の痛みが軽減したり、時には痛みを感じなくなったり、あちこちの機能が回復して頑張れる。私はそんな経験を何度もしています。

自然と脳が前向きになるランニングのすすめ
──笑うことのほかにも、マインドセットを行う効果的な方法はありますか?
辛いことや嫌なことがあると、まずは走ります。私の場合、ランニングをすることでストレスが解消されたり、悩みが解決したり、気持ちが切り替えやすくなります。実際、一歩脚を前に運ぶごとに、思考が大胆に、しかも良いほうに変わっていくという感覚があります。
──確かに、気持ちが後ろ向きのまま、前へ前へと走り続けることができる人はあまりいないかもしれません。
仕事をしていれば、苦手な人に電話をかけなくてはいけない時もありますよね。それがトラブル絡みだったら本当に憂鬱で、できるだけ先延ばしにしたいと思うのが人情。でも仕事である以上、いずれはやるしかありません。そんな時、私は走りに行きます。走り出すと気持ちが前向きになり、ランニング中に「よし、今、電話をかけよう!」と即行動に移せることが多々あります。しかもトラブルがあっさり解決なんていうことも少なくありません。物事をネガティブに捉え過ぎていたのかもしれないし、ポジティブな感情が物事をプラスに進めてくれるのかもしれません。両方あると思います。ランニングは特別な準備がいらない、手っ取り早いマインドセット法なんです。
──公務員時代には、時間を見つけてはスーツに革靴で走っていたこともあるそうですね。
サラリーマン時代はなかなか練習時間が取れなくて、よく移動中に走っていました。トレーニングというだけでなく、走ることで仕事のアイデアが浮かんだり、気分転換になったり、ポジティブ思考に変換するための手段にもなっていました。トレイルランナーになってからもそれは変わらず、現在、新聞で連載記事を書いているのですが、そのテーマも走っている時に思いつくことが多いですね。
──鏑木さんがサラリーマンを辞めようと思い立ったのも走っている最中だったとか。
プロのランナーになろうと思ったのもそうですが、人生を左右する大きな決断は、山を走っている時に思いつくことがほとんどです。頭がクリアになるからだと思います。モヤモヤを抱えている人は、ぜひ試しに自然の中を走ってみてください。
次回は、苦しい時に励まし合う仲間の効用を中心にお話しいただきます。
編集:株式会社エアリーライム ライター:塚本佳子 カメラ:岡本裕介(インタビュー)
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